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和歌山地方裁判所 昭和41年(ワ)63号 判決 1968年3月04日

原告

安藤高之

ほか二名

被告

高田明徳

ほか一名

主文

(1)  被告等は各自原告安藤義高に対し金三九万二、五二五円及び内金二四万二、五二五円に対する昭和四一年三月一六日より完済するまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  被告等は各自原告安藤高之に対し金一一四万四、六三二円、原告安藤春子に対し金七万五、〇〇〇円及びこれらに対する昭和四一年三月一六日より各完済するまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  原告等のその余の各請求をいずれも棄却する。

(4)  訴訟費用は二分しその一を原告等の連帯負担、その余は被告等の連帯負担とする。

(5)  この判決は第一、二項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告等

被告等は各自原告安藤高之(以下原告高之と呼ぶ)に対し金二五八万九、二六四円、原告安藤義高(以下原告義高と呼ぶ)に対し金八一万五、〇五一円、原告安藤春子(以下原告春子と呼ぶ)に対し金一八万円及びこれら(但し、原告義高に対しては内金五一万五、〇五一円)に対する昭和四一年三月一六日より各完済するまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

仮執行の宣言を求める。

二、被告等

原告等の各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

第二、請求の原因

一、事故の発生

昭和三九年七月二四日午後九時三〇分頃、和歌山市和歌浦一二〇〇番地先を南北に通る市道と東西に通る市道明光通りとが直交する見透しの悪い交差点において、時速約二〇粁の速さで右市道を南から北に向つて進行し右交差点を直進してきた被告高田明徳(以下被告高田と呼ぶ)運転の大型貨物自動車「和一の一九〇〇」(以下被告車と呼ぶ)が、右明光通りを東から西に向つて進行し、右交差点に差しかかつた原告高之運転の第二種原動機付自転車(以下単車と呼ぶ)に衝突した。原告高之は衝突の衝撃によつて骨盤骨折、尿道完全断裂、腸管損傷(腹腔内後腹膜内血腫)、四肢挫創、丸部打撲血腫等の重傷を受け、約三年間にわたる長期入院加療の生活を余儀なくされ、なお今後治療を続けてもこれらの症状は完治の見込みがたたない状況にある。

二、被告等の責任

(1)  被告高田は被告車を運転して右交差点に差しかかつたのであるが、このような交差する路上の見透しのわるい、交通整理も行なわれていない場所では、自動車の運転者としては最徐行若しくは一時停車して前方左右を注視し交差点上の交通の安全を十分に確認した上進行し、交差点上の衝突事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り漫然と交差点を直進した過失によつて本件事故を発生させた。

(2)  被告金鐘述(以下被告金と呼ぶ)は被告車の所有者で、被告高田を雇い同人にこれを運転させてその業務のため運行供用中に本件事故が発生した。

(3)  よつて、被告高田は民法第七〇九条により、被告金は自動車損害賠償保障法第三条により本件事故により生じた原告等の損害を賠償する責任がある。

三、原告等の損害

(一)  原告高之について

(1) 得べかりし利益の喪失 金七八万九、二六四円

原告高之は事故当時有限会社マルヰ商店に勤務し、一ケ月間に平均金三万六、五四〇円(一日金一、二一八円の割合による三〇日間稼働)の純所得を得ていたところ、本件事故による前記傷害のために昭和三九年七月二五日より同四二年七月末日迄の三年有余の間は全く就労不能であつた。従つて、原告高之がこの間に失つた得べかりし利益は金一三一万五、四四〇円を下らないが、内金七八万九、二六四円を損害として請求する。

(2) 慰藉料 金一八〇万円

原告高之は前記重傷を受けて直ちに和歌山赤十字病院に入院し治療を受けたが、負傷は極めて重篤で、骨盤には高度の転位変形が、右下肢には知覚並びに運動神経の麻痺が認められ、昭和三九年七月二五日には尿道吻合手術を受けたが、その際腸損傷腹腔内、後腹膜下には大量の血液潴溜が、又陰嚢部会陰部にも高度の血腫が認められた。これらの症状のために長期間にわたり入院して治療を受けざるを得なかつたが、その経過は不良で全身の衰弱は著しく、回復は遅れている。整形外科的治療を続けているが、右下肢の運動障害は著しい。右腎膀胱結石症を併発し、昭和四〇年五月一八日には膀胱切石手術を受けたがその手術後の尿道狭窄は著しい。これらの症状は今後治療を続けても完治の見込みもたたない。

原告高之は事故当時一九才の春秋に富む青年であり、近い将来には結婚し平和な家庭を持ち良き社会人としての生活を夢みていたのであるが、本件事故のためにこれらの夢と希望とは断たれたうえ、従来の表具師としての仕事を続けるとしても襖の持運びや取付けも出来ず労働能力は半減しているので将来の生活の不安は大きい。

これら一切の事情を合わせ考慮すると、原告高之の蒙つた精神的苦痛は甚大でありその慰藉料は金三〇〇万円を下らないが、内金一八〇万円を損害として請求する。

(二)  原告義高について

(1) 治療費 金三三万五、〇五一円

原告義高は原告高之の父であるが、原告高之が昭和三九年七月二四日及び翌二五日に菱川病院で治療を受け、その費用に金四万二、四二二円を要し、更に同二五日より同四二年六月二四日までの間和歌山赤十字病院に入院して治療を受けたが、その内同四〇年八月一七日までの間にその費用として金五一万五、九九七円を要し、原告義高はこれら金五五万八、四一九円の支払義務を負つているが、内金三三万五、〇五一円を損害として請求する。

(2) 慰藉料 金一八万円

一人息子の原告高之が前記傷害を受けたため親として原告高之の結婚や表具師として就業し成長してゆく将来への期待を損われ、一生不具な身で暮す原告高之を見守つて悲嘆の生活を送らねばならないので原告義高の受けた精神的苦痛は同人が死亡した場合にも比肩すべき甚大なものである。その慰藉料は金三〇万円を下らないが、内金一八万円を損害として請求する。

(3) 弁護士費用 金三〇万円

原告等は本件訴訟の追行を弁護士中谷鉄也に依頼し、原告義高は同弁護士にその着手金として昭和四一年三月頃金二〇万円を支払つた。そして成功報酬として原告等の請求認容額の一割但し金三〇万円を下らない額を支払う約束をしており、合計金五〇万円を下らない金額の損害を蒙つているが、内金三〇万円を損害として請求する。

(三)  原告春子について

慰藉料 金一八万円

原告春子は原告高之の母親であるが、原告義高と同様の理由によつて原告高之の受傷により甚大な精神的苦痛を受け、その慰藉料は金三〇万円に相当するところ、内金一八万円を損害として請求する。

四、よつて、被告等は各自原告高之に対し金二五八万九、二六四円、原告義高に対し金八一万五、〇五一円、原告春子に対し金一八万円及びこれら(但し、原告義高に対しては弁護士費用金三〇万円を控除した内金五一万五、〇五一円)に対する昭和四一年三月一六日より各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めて本訴請求に及んだ。

第三、被告等の答弁並びに抗弁。

一、請求の原因事実の認否。

(1)  請求の原因第一項記載の事実のうち、主張の日時、場所で被告高国運転の被告車と原告高之の単車とが衝突したこと、原告高之が主張のような傷害を負い入院したことは認めるが、その余の事実は不知。

(2)  同第二項記載のうち(2)の事実は認め、その余の事実は否認する。本件事故の発生については被告高田には全く過失はなく、後述のとおり原告高之の一方的過失によるものである。

(3)  同第三項記載の事実のうち、原告高之は事故当時一八才一一ケ月の青年で有限会社マルヰ商店に勤務していたこと、原告高之は原告義高と原告春子との夫婦間に生れた一人息子であることは認め、その余の事実は不知。原告高之の請求する慰藉料額は過大である。原告義高及び原告春子は息子の原告高之の受傷によつて慰藉料請求権を有するものではない。子供が受傷した場合に両親に固有の慰藉料請求権が認められるためには、両親の蒙つた精神的苦痛が子供の死亡した時のそれにも比肩すべき甚大なものである場合に限り例外的に認められるにすぎず、本件においては原告義高及び原告春子の蒙つた精神的苦痛はその程度に至らないものである。

二、抗弁

(一)  被告金の免責の抗弁。

(1) 事故当日は天神祭で事故発生の現場の交差点付近は極めて人通りが多かつたので、被告高田は被告車を運転し時速一五粁足らずの速さで南北の市道を北進し右交差点に差しかかり前方左右を注視しながら交差点に約三米進出したところ、被告車の東方約六・九米の所を原告高之の単車が交差点に向つて西進してくるのを発見した。その時の原告高之の単車は時速約二〇粁の速さであつたから、被告高田が交差点入口に差しかかつた時には単車は交差点の東方約一一米の所に位置していたことになる。

(2) しかも、被告高田が進行していた南北に通る道路の幅は九・五米であるのに対し、原告高之の進行していた東西に通ずる明光通の道路幅は五・五米であり、両道路の幅員のみからみても幅の広い道路を進行していた被告高田に先に交差点を通行する通行優先権があることは明らかである。

(3) ところで、原告高之は事故当時時速約二〇粁の速さで明光通を東より西に向つて進行してきたが、右交差点の東方約三・五米の所に至つて漸く被告車が交差点を南より北へ横断しているのを発見して慌ててブレーキをかけたが及ばず、被告車の前輪と後輪との中間部分付近のスペアータイヤーのある附近に自ら衝突して来た。

以上の次第であつて、被告高田は交差点に差しかかり一旦停車こそしなかつたが、徐行して前方左右をよく注視し交差点上の交通安全を確認したうえ交差点を通過しようとしたのに、原告高之は交差点手前で一時停止や徐行することもなく前方左右の注視を怠り漫然と時速約二〇粁の速さで右交差点に侵入して来た過失によつて本件事故を発生させたのである。してみると、本件事故の発生については被告高田には何等の過失もなく、原告高之の一方的な過失によつて発生したものである。そして被告車には構造上の欠陥又は機能障害はなかつた。

(二)  被告等の示談の抗弁。

仮りに被告等に損害賠償責任があるとしても、原告等は被告等と本件事故による損害賠償につき昭和三九年一〇月頃次のような示談をした。

(1) 治療費として、自動車損害賠償保障法に基づき交付される保険金一〇万円を支払うこと。

(2) 慰藉料として、金五万円を支払うこと。

(3) 右示談により本件事故による損害賠償のすべてにつき解決済とすること。

よつて、原告等の本件事故による損害賠償債権は全て右示談契約によつて消滅した。そして右(1)の一〇万円を被告等より和歌山赤十字病院への治療費として直接支払つた。

(三)  被告等の過失相殺の抗弁。

仮りに被告高田に何等かの過失があるとしても、原告高之の前記過失と比較すればその度合は甚だ軽微であつて、原告高之の前記過失は被告等の賠償責任そのものを否定するに足るほど重大である。

第四、右抗弁に対する原告等の答弁。

各抗弁事実は全て否認する。但被告等より日赤へ一〇万円の治療費の支払のなされたことは認める。

第五、証拠〔略〕

理由

第一、本件事故の発生について。

原告等主張の日時場所において、明光通を東より西に向つて進行し交差点に差しかかつた原告高之運転の単車と、南北に通ずる道路を南より北に進行し交差点を直進せんとした被告高田運転の被告車とが衝突(被告等は原告高之の単車の方から衝突して来たと主張するが、いまその点を措き)し、原告高之が原告等主張のような傷害を受けたことについては当事者間に争がない。

〔証拠略〕によれば次の事実が認定できる。

(1)  本件事故現場は別紙図面記載のとおり和歌山市和歌浦一二〇〇番地先を東西に通ずるアスフアルト舗装の明光道(幅員は交差点の東側は五・五米、その西側は九四米)と、それに直交し南北に通るアスフアルト舗装道路(幅員は交差点の南側は九五米、その北側は五・六米)との十字型の交差点であり、両道路は平坦で直線状に通じているので前方の見透しは良好であるが、交差点の南東の角にはたばこ屋があるために相互に交差する道路上の見透しは悪いこと。同所はかなり交通のひんぱんな市街地であるが、交通信号機は設置されておらず交通の危険な場所であり、しかも交差点の北方約四〇〇米のところに神社があり、事故当日は天神社の宵祭であつたので交差点付近にもかなりの人通りがあつたこと。後述のA線、B線手前付近に至れば夜間であつても交差する他方の路上の交通の状態は見透し得ること。

(2)  両車の衝突した位置は別紙記載のようにA線(南北道路の東側線を明光通上へ延長した交差点上の線)より西方へ三・二米、B線(明光通りの南側線を南北道路上へ延長した交差点上の線)より北方へ二・九五米の合致する地点であり、衝突部位は原告高之の単車の前部と被告車の右側で先端より四・二米後方にあるスペアタイヤ取付部であつたのであるから、衝突した瞬間被告車の先端はB線を越え北へ方七・一五米(右二・九五米に四・二〇米を加える)進出しており、単車はA線を越え西方へ三・二米進出していたこと。

(3)  被告高田は時速約二〇粁で交差点の手前にさしかゝり原告高之の単車を東方に認めたが、単車の方で制動して進路を譲つてくれるものと速断し被告車を加速して交差点を北へ通過しようとしたこと。被告車の衝突するまでの進路上にはスリツプ痕は認められず、衝突後なお若干進行して停車していること。原告高之の単車はA線よりも若干東のところからスリツプ痕が三・三五米に亘つてついていること(前記のとおり衝突位置はA線より三・二米西であり、単車は制動する後輪より先の長さは何十糎かあるから、右スリツプ痕の長さよりして単車が制動効果の生じた位置はA線より東へ一五糎に単車の後輪より先の長さを加えた位置と推論しうる。)。両車衝突の衝撃によつて被告車のスペアタイヤ取付部のボートは曲り、単車は大破したこと。被告高田本人尋問の結果のうちには被告高田が被告車を加速して進行した事実はない旨の供述があるが、この供述は右認定に反し措信しない。而して他に右認定に反する証拠はない。

以上の事実によれば、被告車は原告高之の単車を認めて時速二〇粁より加速して交差点を通過しようとしたのであるから仮りに二五粁とすれば秒速は約七米であるから衝突の一秒前には被告車の先端の位置はB線よりわづか一五糎北に出ていた(従つて運転席はB線には達していなかつた)に過ぎず、そして後述の如く単車が危険を感知してから制動が効果を生ずるまでの空走の時間を〇・五秒とし、被告車の衝突一秒半前の位置を求めれば、被告車の先端はB線の手前三・三五米程のところにあつたものと解される。他方原告高之の単車の速度は明確ではない(前記のとおりの長さのスリツプ痕があること、衝撃によつて被告車の取付ボートが曲り、単車が大破していること、これらのことは右距離のスリツプのみによつて完全に静止したのではなく、多少の余力を残して衝突して行つたことが窺えるのであるが、いまその数値を見出して単車の速度を算出することはできないが、右のことよりして〔証拠略〕に存する時速一五ないし二〇粁程度であつたとすることは少し遅すぎる感がする)が、急制動をかけたスリツプ状態に於ける速度がかけない状態の速度に比し激減することは言うまでもないことで(その速度の値を捉えることはいま困難ではあるが)右の如く三・三五米のスリツプに一秒を要しないとは言えず、それ以上であろうと解される(仮りに二五粁とすれば秒速約七米で、急制動による減速を仮りに三分の一と見れば一秒間に二・三米、又二分の一と見ても三・五米である)から右単車の衝突の一秒前の位置はA線附近であつたと推認することができ、そして危険を感知してから制動操作しその効果が生ずるまでの空走時間は通常早くとも〇・五秒ほど要すると解されるから、単車の時速を二五粁(秒速約七米)として、更に〇・五秒以前の単車の位置を求めれば単車はA線の手前三・五米程のところにあつたものと解される。前記甲第四号証の四、九によれば、被告高田は被告車の先端が交差点上へ約三米ほど進出した時に同所より東方約六・九米の位置に単車を発見したとのこと、即ち既に被告車の方は交差点上へ進出しているのに、交差点入口にも達せずなおその手前三・七米もの東方にある単車の方が交差点上へ突入してきたのであると解される部分があるが、この部分は以上の推論の結果と対比し措信しない。

以上の推論によれば原告高之の単車はA線の東方約三・五米程のところで、南北道路を北進しB線の手前約三・三五米程のところに出てきた被告車を認め直ちに急制動をかけスリツプして進んだところ、被告車も同時頃に単車が右位置に出てくるのを認め、加速して運転し去らんとして進行した結果本件衝突を見るに至つたのであると見るべきである。右推論に正確さを欠くところがあるとしても、以上諸般の事情より見て決して大きい誤りがあるとは考えられず、本件事故は所謂出合頭の衝突で両車ともに交差点手前まで一旦停止するか少くとも最徐行し互いに交差路上の安全の確認を怠つたために生じた事故といわねばならない。従つて被告高田にこの過失あることは否定しえない。

第二、被告等の責任について。

一、本件事故は被告高田の前記過失ある行為に基づいて発生したのであるから、被告高田は不法行為者として原告等の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

二、被告金は被告車の所有者であつて、雇人である被告高田に被告車を運転させ業務のために運行供用中に本件事故が生じたのであることは当事者間に争がないので、被告金は自動車損害賠償保障法第三条に基づき原告等の蒙つた損害を賠償する義務がある。

第三、原告等の損害について。

一、原告高之について

(1)  得べかりし利益 金七八万九、二六四円

〔証拠略〕を総合すると、原告高之は事故当時一八才一一ケ月の健康な男子で有限会社マルキ商店に表具師として勤務し一ケ月間に平均二五日間稼働し月平均金三万六、九〇〇円(一〇〇円未満切捨。所得税控除)の所得を得ていたこと。原告高之は本件事故による後述のような症状のため昭和四二年六月二四日まで和歌山赤十字病院に入院して治療を受け、以後も通院加療を受けていたので、少くとも本件事故発生の翌日から同四二年七月二四日までの三年間は就労不能で無収入であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そうだとすると、本件事故がなければ原告高之は右マルキ商店に表具師として勤め一ケ月間に平均二五日稼働し昇給を除外しても金三万六、九〇〇円の割合で右三年間に金一三二万八、四〇〇円の純所得を得た筈であるところ本件事故のために右所得を喪失したことになるから原告高之は主張の金七八万九、二六四円の損害を蒙つたことが認められる。

(2)  慰藉料 金一五〇万円

〔証拠略〕を総合すると、原告高之の前記骨盤骨折、尿道完全断裂、腸管損傷(腹腔内、後腹膜内出血)、四肢挫創、会陰部打撲及び血腫等の受傷は極めて重篤で骨盤骨折のために骨盤には移転変形が生じ、右下肢には運動障害があり、又尿道は完全断裂のために排尿はなく、会陰部陰嚢部には高度の血腫がみられた。そこで同日直ちに開腹術、膀胱高位切開術、尿道吻合術の各手術により腸管を縫合し、膀胱及び尿道の手当を受け、骨盤骨折及び右下肢については整形外科的療法が加えられた。以後引続き入院治療を受けてきたが、長期の臥床により同四〇年三月頃右腎と膀胱に結石形成を来したために、同年五月一八日膀胱切石術の手術を受けて結石を除去した。又右の尿道完全断裂による尿道狭窄に対し同四一年一月二五日尿道狭窄手術を受け、右腎結石及び尿道狭窄の治療のために泌尿器科に移つて同年一一月二二日には右腎剔除の手術を受け、同四二年六月二四日にようやく退院することができ以後も引続き通院治療を受け漸次症状は固定して来たが、尿道の尿線は細小となり、小便は出にくくしかも痛みを覚えたり失尿することもあり、陰茎は稍々萎縮して勃起力不充分となり、尿は軽く混濁して膿尿を示しており、これらは慢性の膀胱炎及び尿道炎として完治の見込みもたたない。又骨盤の変形は完治せず、右下肢については感覚が幾分わかる程度に神経が麻痺しているうえに下腿筋が萎縮しており関節機能障害を来たしているために足首を動かすと痛みを残し足を地に引きずつて跛行する程度の歩行しかできない。腎臓は片一方を切除されているので以後は無理な仕事もできない。これらの症状は今後治療を続けても完治の見込みもたたない。

かような次第で原告高之は結婚適令に達しているのに性的能力に欠陥を来したのみならず、健康を失い外見的にも著明な跛行状態であつて、これがため幸福な結婚生活も望めず、又手足を自由に駆使できず重い物を持ち上げられないので従来の表具師としての仕事を続けて行くことも覚束ない状況で同原告の将来は精神的にも経済的にも暗いことが認められ、これらの事実の外に本件における一切の事情をしんしやくすると、原告高之が本件事故によつて蒙つた肉体的精神的苦痛は甚大であつて、その慰藉料は金一五〇万円を以て相当とする。

二、原告義高について。

(1)  治療費 金三三万五、〇五一円

〔証拠略〕によると、原告義高は原告高之の前記傷害を治療するために次の如き金五五万八、四一九円の治療費の支払義務を負うに至つたことが認められるので原告義高主張の金三三万五、〇五一円の治療費を同原告の損害と認められる。

(イ) 菱川病院 金四万二、四二二円

(ロ) 和歌山赤十字病院 金五一万五、九九七円

(但し昭和三九年七月二五日より同四〇年八月一七日までの間に要した費用)

(2)  慰藉料 金一五万円

〔証拠略〕を総合すると、原告義高と原告春子夫婦は長男原告高之の外に一女があるが、今日まで愛育して来て就職も定まりその将来に望みを託していた愛児の原告高之が不慮の事故により前記重傷を受け、以後前述のように約三年間の長期にわたり身をつくし心を痛めて看病に当り、幸に一命を取り止めたが、前述のような後遺症を残し、将来とも愛児の暗い生活に親として心を痛めていること。これらの事実の外に本件に現われた一切の事情を考慮すると、原告義高は原告高之の受傷によつて同人が死亡した場合にも比肩すべき甚大な精神的苦痛を蒙つたものと言うことができ、その慰藉料は金一五万円を以て相当とする。

(3)  弁護士費用 金三〇万円

〔証拠略〕によると、原告義高は原告等の本件訴訟遂行につき弁護士中谷鉄也に委任し着手金二〇万円を支払い、なお成功報酬として原告等の請求認容額の一割に相当する報酬金の支払を約していることが認められる。

而して、〔証拠略〕を総合すると、被告等は本件事故の示談解決として任意に誠意をもつて交渉した形跡がみられないので、法律知識に明るくない原告等が本件訴訟を追行するについて弁護士中谷鉄也に依頼したことは権利の伸張に必要やむを得ない措置であると言うべきである。原告義高の請求する弁護士費用としての金三〇万円は、前記のとおり着手金として支払つた金二〇万円を含み、本件に於ける原告等の請求認容額の一割を超えない範囲の金一〇万円を合したものであるから、これを同原告の損害と認めることができる。

三、原告春子について。

慰藉料 金一五万円

原告春子が原告高之の実母として原告高之の受傷により同人が死亡した場合にも比肩すべき甚大な精神的苦痛を蒙つたことは前記原告義高の項に於て認定したところである。そしてその慰藉料は金一五万円を以て相当とする。

第四、抗弁

一、被告金の免責の抗弁

前記認定のとおり被告高田に過失が認められる以上は被告金の免責の抗弁は採用できない。

二、被告等の示談の抗弁

本件全証拠によつても、原告等と被告等との間に被告等主張の内容の示談がなされたと認むべきものがないから、被告等の示談の抗弁は採用できない。

三、被告等の過失相殺の抗弁

前記認定に係る本件事故発生の経緯に徴すれば、被告高田の前記過失と同様原告高之にも人通りの多い見透しの悪い交差点に差しかかつたのであるから、一旦停車或は最徐行して交差点上の出合頭の衝突を何時でも防止できる態勢で前方を注視して進行すべきところ、これを怠り漫然と交差点上へ進出した過失のあることは否定しえず、その過失の割合は互いに二分の一を帰さねばならない。

そうすると原告等各自の損害賠償請求権は前記損害の二分の一に相当する(1)原告高之の得べかりし利益金三九万四、六三二円、(2)同人の慰藉料金七五万円、(3)原告義高の支払を要する治療費金一六万七、五二五円、(4)同人の慰藉料金七万五、〇〇〇円、(5)同人の支払を要する弁護士費用金一五万円、(6)原告春子の慰藉料金七万五、〇〇〇円に止まると解すべきである。

第五、結論

叙上のとおり、原告等の本訴請求は被告等各自に対し(1)原告義高は金三九万二、五二五円及び内金二四万二、五二五円(右の(5)の弁護士費用一五万円を引いたもの)に対する本件事故発生の後の昭和四一年三月一六日より完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、(2)原告高之は金一一四万四、六三二円、原告春子は金七万五、〇〇〇円及びこれらに対する昭和四一年三月一六日より各完済するまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、いずれも正当なのでこの限度において認容し、その余の各請求はいずれも理由がないのでこれらを棄却し、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、第一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 林義雄 最首良夫 小林一好)

<省略>

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